NEWS

創造源流 ”「つくる人」の原動力ってどこから来るんだろう。きっとそこには、源流があるはず”
中野 豪雄 飽くなき情熱で頂を目指す、アートディレクター 〜前編〜
Profile / NAKANO TAKEO
東京生まれ。1996年、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科入学。在学中、身体性に深く関わる書物の構造に惹かれ、製本、印刷、タイポグラフィーなど、書物形成における理論と実践を学び、卒業制作にて書物の歴史的変遷と分布の視覚化を研究する。2001年株式会社勝井デザイン事務所に入社。2007年に中野デザイン事務所設立。主な受賞歴に日本タイポグラフィ年鑑ベストワーク賞、第4回ムーブアートマネージメント・ポートフォリオコンペティションポートフォリオ賞、入選歴に世界ポスタートリエンナーレトヤマ、ラハティ国際ポスタービエンナーレ、中国国際ポスタービエンナーレなどがある。日本グラフィックデザイナーズ協会(JAGDA)会員。▶WEBSITE http://nakano-design.com/
「子どもの頃から、今、自分が知ってる範囲内でトップになろうっていう単純発想的なモチベーションが常にあったんです」
そう語るのは、現在、アートディレクターとして、各種媒体で活躍している中野豪雄氏。若干32歳ながら、国内外での受賞・入選をはじめ、専門学校での特別講師を務めるなど、精力的に仕事の幅を広げている。
中野氏は今もやはり“トップ”を目指しているという。しかし、彼が目指す頂点は、子どものときのように誰かと比べての相対的なものではなくなった。多様で無限に広がるデザインの世界で、中野氏が設定した頂点とは何か? そして、その頂点にたどり着くために、彼が必要とするものは?

インタビュー:川内イオ
子どもの頃から完ぺき主義
「何かひとつのことにのめり込んだら、完璧にしたくなる」。
中野氏が自分のそんな性格を自覚したのは、まだ小学生の頃だった。当時流行っていたミニ四駆で、こだわり体質が芽生えたそうだ。
「小学生ぐらいまでは、手先で何かやるのが大好きで、ミニ四駆はかなりこだわってましたね。近所のプラモデル屋の前にレース場が設置されていて、そこにも毎日通ったり、自分で改造したミニ四駆を常に教室の引き出しに入れておいて、愛でるみたいな(笑)。ミニ四駆のモーターも自分でカスタムして、どれぐらい早くなるかやってみるとか、相当ディープだった」
ここまでこだわりをもってミニ四駆を改造するのも、「あいつには負けたくない、みたいな気持ちが強かった」からだった。
「そのまま人生を歩んでいたら理系の道に進んでいた可能性もある」というほどミニ四駆にはまっていた中野氏を変えたのは、バスケットとの出会いだった。 中学に入り、友人に誘われて入ったバスケ部で、今度はバスケットはまった。 「実家の近くの市民体育館で黙々とシュート練習をしたり、NBAの中継を毎週欠かさず見たり。とにかくバスケにはまっていきました」
バスケへの飽くなき情熱は高校まで続き、持ち前の負けず嫌い精神を発揮して、人一倍練習してキャプテンにまでなったそうだ。
しかし、さすがに高校2年生にもなれば、「まずは高校の全国大会に出場、あわよくば優勝して、最終的にはNBA」という壮大な目標は、叶わぬ夢だと自覚する。
大学受験を1年後に控え、「自分からバスケを取ったら何が残るか」と考えた中野氏は、「絵を描くのが好きだから美大に行こう」という「単純な発想」で、美大受験を決意。美大受験のために予備校に通い始めて、講師と話をしたところ、「君はグラフィック系のコースに入学しなさい」と勧められ、特にジャンルにこだわりはなかったので、言われた通りにグラフィック系に進むことを決めた。
予備校は大手で、同じクラスに100人以上が在籍していたが、中野氏はここでも不断の努力を重ね、トップの成績を取ったという。
そしてめでたく武蔵美術大学に合格したのだが、大学は中野氏を混乱させた。
作品名:谷川俊太郎・詩集「旅」 作品名:谷川俊太郎・詩集「旅」
制作年:1998
解説:武蔵野美術大学2年次の作品。谷川俊太郎の詩集「旅」に収録された30篇の詩を3つのカテゴリーに分類し、3冊の本を蛇腹上のカバーで合体させている。文字はすべて活版印刷。詩集を読みこんで展開された個人的な解釈によるドローイングがダイレクトに刷り込まれたページや、フィルムで重ねたページ、観音扉で展開するページなど、「1冊の本」という限られた中で、どこまで本の構造を拡張できるかを探った。この作品をきっかけに、造本の世界へのめり込むことになる。
美大で味わった、初めての挫折
「美術予備校なら絵が上手い奴が一番とかわかりやすかったんですけど、美大に入ると自分が今まで通用してきたことが全く通用しなくなったんです。特に僕がいた学科は、実技はそんなに上手くなくても英語と国語はほぼ満点で入ったとか、頭の良い人がいっぱいいて、全然ベクトルが違った。だから急に自分がどうしようもなく思えてきて、それがすごいショックでしたね。それに、僕は特に何がしたくて美大に入ったっていうのがなかったんだけど、周りにはそれがあったんですよ。音楽が好きで、デザインを通して音楽の仕事がしたいとか、小説がすごく好きでブックデザインがしたいとか、なにかしら自分の中で文化があった。でも僕にはバスケしかなかったから、それもすごい劣等感で」
ミニ四駆は徹底的に改造して、周りの友だちより速いマシンを作れば満足した。
バスケは人一倍練習して、キャプテンでエースにまでなった。
デッサンも、ひたすら描きまくって腕を上げて、予備校では評価された。
しかし、美大という多様性のある場所では、そういうわかりやすい基準がなくなって、これまで目指してきた「一番」を追求するための方法がわからなくなってしまったのである。
「みんなイラストが描けるとか、何かを良く知ってるとか<何かしらあったんだけど、僕には得意技がなかったんですよ。大学では、デッサンが描けることも得意技じゃなくなるんです。それが作品としていいって言うことにならないから。大学に入って、やっと初めて『デザインってそういうことじゃないんだ』と気づきました」
「自分には何もない」と劣等感を抱いた中野氏は、現実から逃避するために、大学に入ってからもサークルでバスケに打ち込んだ。バスケをしていれば、そこそこに上手くて、活躍できて、安心できたからだ。自分でも、「そうじゃないだろ」と思いつつ、大学2年生の夏休みまで、バスケに耽っていた。
ところが、夏休み明けの授業で転機が訪れる。
作品名:明朝体における二大潮流の形成/築地体・秀英体
作品名:明朝体における二大潮流の形成/築地体・秀英体
制作年:1999
解説:武蔵野美術大学3年次の作品。明朝体の源流といわれる「築地体」と「秀英体」の歴史をまとめた書物。2冊に分かれたページを開くと、2書体それぞれの生い立ちを読み込めると同時に、2書体の進化の流れを比較することもできる。「ページを捲る(時間軸)」という水平の動きと「書体を比較する」という上下の導線を組み合わせることで立体的な読書体験を誘発する書物となった。
ブックデザインの授業で開眼
「自分が好きな本を持ってきて、リデザインするっていう授業でした。テキストをそのまま使って、ブックデザインを自分なりにする授業だったんですけど、そこで困ったのが、それまで本を読むのが大嫌いで好きな文章なんてなかったこと。それで、たまたま本屋さんでこの装丁いいなと思って手に取った本が谷川俊太郎の詩集だった。文字量は少ないし、これだったらできそうかなと思って(笑)。で、かなり凝った本の仕様にしたんですけど、そのときに、ものすごく面白いって思ったんです。それまで自分には何ができるんだろうって漠然としていたけど、そこから一気にはまりました」
それまで1年数ヶ月も現実逃避していた中野氏の目を覚ましたブックデザインの授業。 何がそんなに彼を惹きつけたのだろうか。
「子どものときにミニ四駆の車のボディをいろんな角度から見て、改造したり装飾していたのと同じで、デザインするところがいっぱいある。ほんとにプロダクトを作ってる感覚なんです。
そういうところが僕の原風景とピッタリ重なったんだと思います。例えばイラストレーションのようなその人自身が特別な何かを持ってないとできないことって苦手だったんです。でもブックデザインは、デザインする量がとにかく多い。やることがいっぱいある分、いっぱい遊べるっていうか、いっぱい考えることができるんですよね。あと、ブックデザインって経験値がすごくものを言うんで、量が質を生むんです。今思えば、それも、バスケが上手くなりたくて、ひたすら練習をしてた頃とピッタリ重ったのかもしれない」ミニ四駆のボディを改造してスピードを上げるのと、本という定型の“ボディ”に手を加えてより美しくデザインする感覚は共通するものだった。
そして、地道な練習を重ねて上達していくバスケのように、「経験値がものをいう=自分の努力が結果に結びつく」可能性を持ったブックデザインとの出会いは、「自分には何もない」と思い悩んでいた中野氏に、再び「やればできる」とやる気を起こさせた。
中野氏は、この授業をきっかけにして、現実から目を背けていた1年半の遅れを取り戻すように、デザインの世界にどっぷりとはまりこんでいった。すると、面白いぐらい視野が開けていった。
作品名:色と組みの見本帳 作品名:色と組みの見本帳
制作年:1999
解説:武蔵野美術大学3年次の作品。デジタル環境となって使われなくなった組み見本帳を現代的に解釈して制作するという課題。日本語特有の縦組・横組混在と和文・英文混在に着目し、外箱を開く度に「和文縦組」「和文横組」「欧文」が親和してく状態を表現している。見本帳は全て蛇腹製本され、バイリンガルの書物制作に有効な機能を持たせたと同時に、本文用紙色も検討できるようになっている。
巨匠のもとへ
「何も背景がなかったから、教えられたことが全部新鮮に思えて、発見の連続だったんです。腐ってるときもあったけど、その壁をちょっと乗り越えてみたら、実はすごい面白いことがいっぱいあるって気づいた」
子どもの頃から変わらず「何かひとつのことにのめり込んだら、完璧にしたくなる」中野氏は、ブックデザインを皮切りに、大学で学んだことをどんどん吸収していった。
その貪欲な姿勢が形となって表されたのは、彼の卒業制作だ。なんと、紀元前4000年から2000年までの本の歴史年表を制作したのである。
「今現在誰もが知っている本のカタチは、いつからどのようにして成り立ったのか知りたくなったんです。書物の歴史が体系的に一覧されたものなんて、どこにもなかったですから、自分で作ってみようと思いました。もちろん調べる量も半端ないので、自ずと読書量は膨大になるんですが、ある意味これを機に「読書嫌い」は一切解消されましたね(笑)」
この卒業制作が、「量から質が生まれる」という信念を持つ中野氏の原点になった。 大学での授業を受ける姿勢や、この卒業制作から、デザインにかける情熱とセンスが溢れ出していたのだろう。大学4年生のとき、デザイン界ではその名を知らぬ人のいない巨匠で、当時、武蔵美術大学でも教鞭を執っていた勝井三雄氏に声をかけられて、卒業後は勝井デザイン事務所に就職した。中野氏の、デザインという果て無き世界への旅は、このときやっと始まった。
作品名:書物の変遷と分布 作品名:書物の変遷と分布
制作年:2000
解説:武蔵野美術大学での卒業制作。紀元前4000年から2000年までの書物の歴史をまとめた年表。「文字」「素材」「印刷」のテーマで年表化され、3テーマ合わせて書物の歴史となる構成。 原寸は各1800mm×1200mm